「按摩師甚五郎」(ショートショート)
「按摩師甚五郎」 F氏の時間
そろそろ日曜朝、NHK-FM「名演奏ライブラリー」の時間。
コンポのスイッチをCDからラジオに切り換える。
ピンポーン。
予約時間通りに入り口の呼び鈴が鳴り、「おはよう~!甚五郎く~ん!」という声。
近所中に響きわたる気持ちのよいバリトン。この時間は音大の先生F氏の時間だ。
「体がゆるむと声の響きがまったく違うんだよ。按摩は実に素晴らしいね。」と毎週やって来る。
二人でお茶を飲みながら、まずはラジオから流れる名演奏に耳を傾ける。
F氏はいつも音の世界にどっぷりと浸り切る。
そんな人と共に聞く音楽は、いつもとはまったく異なり、艶々とした広がりのあるものになる。
「感覚だけではなく、感性もまた共鳴するのです。」
甚五郎は毎回しみじみと思う。
「甚五郎くん、ここで若者は恋に落ちるんだ。そう、世界はバラ色に輝く。木々も花々もキラキラと輝き……、素晴らしいねえ!」
今日はオペラの名演奏。
イタリア語なのか、甚五郎には歌詞の意味はまったくわからない。
それまでの明るい曲調から一転。
「あぁ、彼女は逝ってしまった。何故なんだ・・・。どうして逝ってしまたんだ!」
どうやらそういう展開のようだ。
「母さん、許しておくれ。ぼくも彼女の後を追うよ。彼女のいない世界は・・・。」
ひとしきり浸った後で甚五郎は尋ねる。
「この曲はそういう歌詞だったのですか。」
「ん?違うよ、甚五郎くん。音楽はねぇ、自分で世界を、ストーリーを作るんだよ。」
「・・・なるほど。世界は自分で作るのですね。」と、どこか曖昧としながらもストンと腑に落ちる甚五郎。
F氏が入室してから数十分後、ようやく按摩の施術が始まった。
昔書いた日記を、甚五郎というキャラクターを主人公にショートショート風にしてみました。
けっこう楽しいので、このシリーズでまた書いてみたいかも。
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