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2016/05/17

「史記」扁鵲伝:「古今導引集」を読む3

史記に曰く、垣の一方の人を視る、又云う、割皮、解肌、訣脈、結筋、搦髄(デキズイ)、採荒、爪幕、完腸乃ち此れ本。
 ※搦(ジャク、ダク。からめる。とる。)

・意訳
「史記」扁鵲倉公伝に曰く「(師の長桑君から譲り受けた、物の内側を見ることが出来るようになる秘薬を30日間服用した後)扁鵲は本来ならば見えない垣根の向こう側の人を見た。これにより病を見るとたちまち五臓の凝結を見ることが出来るようになった」。
また曰く「皮を割き肌を解き、脈を別けて筋(すじ)を結び、脳髄を絡め取り、荒を採り幕に爪し、腸胃を洗い、五臓を洗いすすぐ。精を練ることで形を変える」。
これらが基本となる。

・メモ
扁鵲伝説は今回はじめて読みました。
あくまで比喩的表現だと思っていたのですが、伝説では透視能力があったということになっていました。

後半の「皮を割き~」はまるで外科手術を思わせるような表現ですが、このように導引按摩を用いて行うということのようです。
「荒を採り幕に爪し」は、荒れた部分を取り出し膜を爪でこそげる、みたいなイメージでしょうか。
出典原文は以下になります。

「乃割皮解肌.訣脉結筋.搦髓腦.揲荒爪幕.湔浣腸胃.漱滌五藏.練精易形.」
 ※湔(セン、サン。あらう)
  浣(カン。あらう)
  嗽(ソウ、ス。せき、すすぐ):せかせかとせきをする。水を吸ってはせわしく吐く。
  滌(テキ、ジョウ、ジャク。あらう)


未だ病まざるを治するは道統の心印、養家の急務なり。
若し能く之に達すれば證を察すること鏡に対(むか)う如く、病を治す芥を拾う如く万挙万当危からず。
国家の司命と謂う可く民を生かすの父母なり。
鍼灸薬の効を蔑にし則ち按法に非ずして何ぞや。
必ず死を起し再生を獲るは摩療に非ずして何ぞや。
此術盛んに行わるとき則ち国に疪札の殃(わざわい)無く、家大傷の愁無し、人々壽域に躋(のぼ)り不老の門に入る。
己みぬるか古えの遠きに去り正伝殆ど湮晦、異流頗りに興り狂瀾難廻。

 ※疪:=痹(しびれ。リューマチ)
  札:用例--夭札:若死に。
  湮晦(インカイ):滅び無くなってしまうこと。

・意訳
病気になる前に治すのがこの道を継ぐ者の印しであり養生家の急務だ。
もしこの道に達すれば、病証は鏡に映るように察することができ、病気を治すのはゴミを拾うように間違うことなくたやすいものになる。
国家の使命となり国民を生かす父母ともなるのだ。
鍼灸や薬も及ぶことのない効果を現してこその按摩法である。
この術が盛んに行われる時、国に難病のわざわいはなく、各家庭に病気の心配はなくなり、人々は長生きとなり不老の門にさえ入るのだ。
しかし、伝統は既に途絶え正伝は滅びてしまった。
正伝とは異なる方法があちこちにはびこっている。

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