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2012/03/25

水飴をこねて白濁したような感覚:按摩マッサージ、操体法

「白濁」というと濁って澱んだ感じがするかも知れませんが、それとはかなり違う感覚の質の話。

昭和30年代の子供だった頃。
広場に紙芝居がやって来て、紙芝居がはじまる前に水飴や型抜きを買って賞品を貰ったりしたのものでした。
割り箸の先で水飴をすくってもらい、それをもう一本の割り箸を使ってぐにゅぐにゅとこねていき。
はじめは透明だった水飴がどんどん白濁していき、まるでシルクのような質感になったりして。
その白濁さ加減を子どもたちで競い、その順番で賞品がもらえるのでした。


按摩やマッサージしている時、時々その感覚やイメージが思い浮かぶことがあります。
触れている感覚や自分を包む空間の感覚が濃厚になると。
スカスカで透き徹っていた感覚や空間が、まるで水飴が白濁している時のような濃厚な感覚や空間になっています。

毎朝やっている伸びストレッチも、実はそんな感じ。
こちらは透明な水飴がけっこう制限のある型にハマっていたりするわけですが、その型を確かめながら伸びをしつつ広げていき、更に広がった空間をウネウネ伸びをしながら濃厚にしていく、そんな感じ。

伸びストレッチ1:前屈
伸びストレッチ2:合蹠
伸びストレッチ3:開脚


例えば、按摩やマッサージで軽擦法といわれる技術があるのですが、簡単にいえば「さする」ということ。
その軽擦法を、特に意識せずに日常的に行っている時、水飴が透明でスカスカな感じ。
でも、自分の手や相手、そしてそれらを包む空間の感覚を感じつつ行うと、水飴が白濁した時のように濃厚になります。
動作も全身的な動き。

操体法の抵抗も同じ感覚です。
肉体的筋肉的動きの抵抗を行っている時と、空間の感触も意識しつつ抵抗を行っている時の違い。
特に、手や足の末端からの操法を行う場合、空間をも意識した全身が連動するような抵抗でない場合、お互い(特に自分)の動きが途切れたカクカクしたものになりがち。
逆にいえば、全身が有機的に連動して動いている時は、感覚的に空間とも一体になっている感じがします。

 

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