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2010/09/16

柔道整復の歴史:神話から養老律令(奈良時代)まで

個人的に調べたメモをまとめておくことに。

柔道整復の歴史を調べようと思い、いつもの頼みの綱「古事類苑」をあたってみましたが、関連する記載項目はふたつだけでした。
按摩の歴史を調べた時には、室町時代の文献や中国文献からの資料など豊富に収録してあったのですが。
そんなわけで、まずは江戸時代までの柔道整復の歴史をざっと調べ、その後に柔道整復の元となる柔術の歴史を追ってみようと思います。
「古事類苑」での柔術の文献資料はけっこう豊富ですから。


神話
日本の医療の祖は、「因幡の白兎」の兎を治療した大国主命(大己貴命)や、その大国主命と共に国土経営を行い疾病平癒の法を定めた少彦名命が有名です。
また、「国譲り神話」の中に、建御名方神が高天原から派遣された建御雷之男神と力比べをし投げ飛ばされる話があり、建御名方神が投げ飛ばされた際に骨折し建御雷之男神がそれを治療したとして、建御雷之男神を柔道整復の祖とする説があります。
しかし、実際の古事記には骨折やその治療をしたという記述はなく、また日本書紀では国譲りはすんなりと行われて建御名方神と建御雷之男神との争いのシーンはありませんから、あくまでひとつの説として扱った方がよいかも知れません。

今後柔術の歴史を調べていくと、当然なんらかの祖神が出てくるであろうと期待しているのですが……。


養老律令
日本の文献に柔道整骨関連の記述が現れるのは、奈良時代に公布された養老律令がはじめです。
701年藤原不比等に編纂された大宝律令が、藤原仲麻呂主導で改修施行されたのが757年。
大宝律令はもとより養老律令も散逸して現存しないものの、平安時代に編纂された律令の注釈書「令義解」「令集解」には倉庫令・医疾令を除く全ての令が収録されており、倉庫令・医疾令も他文献よりほぼ復元されているとか。
明治大学古代学研究所の「令集解データベース」に、医疾令を含む逸失巻・逸文の一太郎データがありました。

按摩の歴史を調べた時には、現代語訳の養老律令:医疾令(「官制大観 律令官制下の官職に関わるリファレンス Ver.0.8」)を参考にさせてもらったのですが、今回は原文にあたることが出来ました。

・・明治大学古代学研究所『令集解』データベース→『令集解』全文データ2(逸失巻・逸文)
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~meikodai/obj_ryoshuge.html

以下がその原文です。
やはり原文の方がニュアンスも含めて情報量が圧倒的に多くてうれしいです。



【医疾令〈14〉按摩呪禁生学習条283】(『政事要略』巻95)
  • A按摩生。学按摩傷折方及刺縛之法。

    • 謂。按摩者。令他人牽挙揚批。或摩使筋骨調暢。邪気散洩也。傷折者。折跌也。判縛者。以鍼判決判縛。是為判也。踠傷之重。善繋縛按摩導引。令其気復。是為縛也。

  • B呪禁生。学呪禁解忤持禁之法。

    • 謂。持禁者。持杖刀読呪文。作法禁気。為猛獣虎狼毒虫精魅賊盗五兵。不被侵害。又以呪禁固身体。不傷湯火刀刃。故曰持禁也。解忤者。以呪禁法解衆邪驚忤。故曰解忤也。

  • C皆限三年成。其業成之日。並申送太政官。

    • 謂。考試法式并等第高下。並待式処分。


漢文は苦手というか素養がほとんどないので、あくまでぼく個人が理解しやすいように勝手に読み下してみました。
誤読している部分があれば指摘していただけれるとうれしいです。


・按摩生:按摩生は按摩傷折方および刺縛之法を学ぶ。

按摩は他の人を牽挙し良し悪しを明らかにせしめ、或いは摩し筋骨を調え暢ばす。邪気は散漏する也。

傷折は折跌(跌:つまずく)也。

判縛は鍼を以て判縛を判決す。是れ判を為す也。

踠傷(踠:つまずく)の重きは善く繋縛し按摩導引し、其の気を復せしむる。是れ縛を為す也。



・呪禁生:呪禁解忤持禁之法を学ぶ。

持禁は杖刀を持ち呪文を読み、法を作して気を禁じ、猛獣虎狼毒虫精魅賊盗五兵の為に侵害を被らず。

また呪禁を以て身体を固め、湯火刀刃に傷されず。故に持禁と曰う也。

解忤(かいご)は呪禁の法を以て衆邪驚忤を解く。故に解忤と曰う也。



・皆三年を限りに成し、其の業成るの日、併せて太政官に申し送る。

考試(試験)法式並びに等第(等級)の高下は、併せて式(決定)の処分を待つ。


養老律令の時代、傷折や刺縛など柔道整復的治療も按摩生が学び行っていたようです。
ただ、「按摩技術に関する歴史的考察 ―近世における三文献から― 和久田哲司」によれば、『按摩科は間もなく廃止され、傷折などは外科に合わせられ、導引・按摩は民間の婦女子などの専業となっていった』とありますから、按摩生が柔道整復的治療を兼任していた時期は長くはなかったようです。

ところでネットを検索すると、平安時代の古書に「円融天皇の御代に接骨博士数名あり、各自特有の手法を持って整骨し」とある、と書かれているページがいくつかありますが、該当古書の出典が記されたものはありません。
養老律令以後江戸時代を迎えるまで、柔道整復に関する記述がある文献は今のところ見つけられませんでした。

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