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2009/10/13

自分と外界を隔てる凝り

友だちのだるまさんが、前回の投稿にコメントを寄せてくれたのですが、せっかくなのでここで返信を書くことにします。

>投稿: だるま | 2009/10/12 08:42
>「弾いちゃうというか。」・・・・確かに、緊張が強いと音楽だけでなく、人との会話=声も弾いてしまうようです。

孤立しちゃうんですよね。
外界と自分を遮断しているとういか……。

身体表層(皮膚や皮下組織)は自分と外界を繋ぐ交流の場でもあるのですが、隔てる境界になることも出来るんですよね。

>それから、からだの表面に膜のような掛かっている場合=私は、「脂」と表現しているのですが・・・・・

うん。
ぼくは「死んだ肉」と表現したりします。
お肉屋さんで売っている肉の感触に似ているので。
首、肩、上背部に多いように思います。

でも、「脂」という表現は「死んだ肉」よりいいですねぇ。
今度からそれにしようかな。

>手技の刺激は入っているようですが、浸透しないように思います。
>もっとも、私の手技が下手なのでそう感じているのだけかもしれませんが。

いえ、いえ。
ぼくも同様に感じます。
って、ぼくも手技が下手なのかも知れませんが。

こういった凝りは外界から自分を遮断しちゃうものだから、そもそもコミュニケーションを拒絶していて……。
浸透しないのは、ある意味当然といえば当然だと感じたりもします。

ぼくは、ひたすらその「脂」や死んだ肉のようなドヨーンとした感触を味わうようにしていますが、それでけっこう弾力が戻ってきたり活き活きしてきたりします。
昔は時々特殊なオイル(パワーオイル)を使用したりしていましたが、そのオイルを手の平につけて凝りに触れた途端、憑き物が落ちるように「脂」が消失(弾力が戻り活き活きした感触に変化)したこともありました。

施術者がその手の感触に馴染んでいれば、ひょっとしたら「さらさら」というか軽擦法でも回復するのではないかと、今思いつきました。
今度試してみようっと。(^^)

ちなみに、「脂」に類する身体表層(皮膚や皮下組織)の澱みや弾力のない「虚」的凝りに対し、同じく自分と外界を遮断するような身体表層の「実」的凝りもあるので、それもいつか書いてみます。

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コメント

puruさん

こんばんは~。返信サンキューです!

>こういった凝りは外界から自分を遮断しちゃうものだから、そもそもコミュニケーションを拒絶していて……。
>浸透しないのは、ある意味当然といえば当然だと感じたりもします。

私は、よく自閉症の方等、障害者の方に整体することが多いのですが、「脂」のような凝りがある方が多くみられます。

からだが弛むと、まず、その方が自分のからだの状況を把握できる感じがします=自分とのコミュニケーションが上手くいく、自分の体感を味わうことができる。

次に、自分の状態がしっかり把握でき、安心できているため、周囲との交流がはかれるようです。

puruさんの上記のコメント、合点がいきます!

投稿: だるま | 2009/10/13 20:26

こんばんは。

>私は、よく自閉症の方等、障害者の方に整体することが多いのですが、
>「脂」のような凝りがある方が多くみられます。

おぉ!
興味深い実例、有り難いです。
感謝。m( _ _ )m

個人的実感の積み重ねではあるものの、他の人の症例&触感などと比較検証したことがなかったのです。


なるほど、なるほど。
やはり自閉症の人の表層はそんな感触ですか……。

これが自閉症の人に広範囲にわたって現れている現象だとすれば、症状の緩和に対する手技療法的アプローチも見えてきますね。

再度、感謝です。(^^)

投稿: puru | 2009/10/13 21:18

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