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2009/06/02

受動意識仮説を読んで

人の感覚や認知、意識に関心があったので、「人とロボットの秘密」に掲載されている前野氏の「受動意識仮説」や「クオリア」という言葉に引っ掛かり。
ここ数日、前野氏の論文を読んでいました。

・ITmedia Search 人とロボットの秘密
http://search.itmedia.co.jp/?whence=0&max=10&result=normal&sort=date%3Alate&idxname=news&query=%90l%82%C6%83%8D%83%7B%83b%83g%82%CC%94%E9%96%A7

前野氏「受動意識仮説」の記事は上記検索からでも飛べますが、以下が最初の記事になります。
・第4章-1 「意識は機械で再現できる」 前野教授の「受動意識仮説」 (1/3)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0905/27/news022.html

上記「人とロボットの秘密」では、受動意識仮説のアウトラインが描かれているので、最初の入り口としてはわかりやすいと思います。
もう少し突っ込んで理解したいと思えば、前野隆司氏の著書「脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説」や「脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? ~ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史」にあたればよいと思うのですが、ネット上には前野隆司氏の論文が公開されているので、まずはそちらから読んでみるのが早道かも知れません。

■ヒトとロボットの心の研究
http://www.maeno.mech.keio.ac.jp/Maeno/consciousness/

上記ページから以下の論文(pdfファイル)に飛べます。

・ロボットの心の作り方―受動意識仮説に基づく基本概念の提案
http://www.maeno.mech.keio.ac.jp/Maeno/consciousness/rsj2005kokoro.pdf

・意識の起源と進化―意識はエピソード記憶のために生じたのか
http://www.maeno.mech.keio.ac.jp/Maeno/200602gendaishisou.pdf

・自由意志は存在しないか
http://www.maeno.mech.keio.ac.jp/Maeno/200610gendaishisou.pdf

以上のものを読んでみた感想ですが、ある程度実現性があるであろう(?)具体的システムモデルを提示しているという点では興味深いと思いました。

「想起」・「知」・「情」・「意」は「無意識」に従属する機能であると考え多様な処理を自律分散的かつ再帰的(自己参照的)に行うシステムであり、これら「無意識」へのトップダウン指令は存在しないとします。
そして「意識」とは無意識システムの膨大な自律分散的処理の一部を、あたかも自分が行っているようにことであるかのように錯覚しながら、単純化し追体験している受動的なシステムに過ぎないとしています。

また、クオリアに関しては以下のように述べています。
「触感覚と自己意識のメタファを導入しよう.
指先で物体に触れたときに,質感は大脳内の感覚野や連合野で知覚され,指先では単に分散配置された触覚受容器が発火しているに過ぎないにもかかわらず,「意識」下では「つるつる」「ざらざら」をあたかも指先で知覚しているように実感する.
これは,大脳内に,『感覚野で知覚した触感のクオリアは,指先で感じるものとする』という定義が書かれているために指先に触感があるかのように錯覚している結果と推測できる.
指先で生き生きと触感を感じているのに,そこには受容器しか存在しないことを信じられない人もいるかもしれないが,指先に感覚野は宿りようがないため,むしろそう考える以外に解はありえないといえる.
一方,生き生きした自己意識の知覚メカニズムも触感の例と同じ構造であり,大脳内に,『大脳内の「無意識」システムで表象した自己意識のクオリアは,「意識」システムで感じるものとする』という定義が書かれているために,意識下に自己意識の質感があるかのように錯覚しているに過ぎないと考えることができる」

以上のように前野氏は、自己意識やクオリアも「意識」システムに定義されただけの錯覚、幻想だと言っています。
ちなみに、その「意識」システムへの定義ですが、それに関しては「どのように定義されたなら一人称的なクオリアを感じる意識体験になるのか,というアルゴリズム上の疑問は残されている」と書いていますから、自己意識やクオリアを獲得したロボット実現の可能性は現時点ではかなり薄いのかな、と思いました。

前野氏の「人は意識を持つと錯覚している自由意志を持たない自動機械だ」という主張はロボット研究上の仮想モデルとしては新しいのかも知れませんが、東西の宗教や神秘思想でもよく見かかるそれほど目新しい主張ではないように思います。
特に前野氏が時々用いる「自動機械」という単語は、受動的な「人間機械」にショックを与えて自己想起を促した20世紀最大の神秘思想家G・I・グルジェフを連想させます。

あ。
口直しに。
グルジェフに多大な影響を受けたP・D・ウスペンスキーの著作「人間に可能な進化の心理学」を読み返したくなりました。
どこかにしまってあるはずなのですが……。

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さて、意識して息をする場合、息を吸おうとすると、自然と肋骨が上がり、横隔膜が下が [続きを読む]

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