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2009/06/11

意識、思考、リアルな体性感覚

最近時々読みに行くブログ。

・地球人スピリット・ジャーナル2.0
http://terran108.cocolog-nifty.com/blog/

サニヤシンの先輩Bhaveshさんのブログ。
サクッとした語り口が好きです。

6月2日のエントリー「意識とはなにか<1>」は、茂木健一郎著「意識とは何か」の書評ですが、Bhaveshさんもピントが合わないらしく、それでもそのピントの合わなさ加減を楽しんでいるみたい。(^^)

ここのところ、クオリアや意識等に関心があり茂木健一郎さんのホームページを漁ったりしているのですが、そこで語られている内容に今ひとつピントが合わず四苦八苦しています。
自分の興味ある部分と重なるようで重ならないようで……。
それでもさすが学者さん、ホームページには論文や出版済み書籍の要約などが掲載されていて有り難い限りです。感謝

「クオリア」に関しては、「クオリア・マニフェスト」から各種文書、書籍(「脳とクオリア」)の要約等が読めます。

・クオリア・マニフェスト
http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html


また、同一サーバの「心脳問題 Request For Comments Archive」には、クオリアや心脳問題に関する複数名による論文20本が掲載されていて、こちらも参考になります。

・心脳問題 Request For Comments Archive
http://www.qualia-manifesto.com/rfc/rfc-list.html

真っ先に読んだのはソニーコンピュータサイエンス研究所、羽尻公一郎氏の「RFC-5 人工無脳が禅を語る日」
なんだか、パソコン通信時代を懐かしく思い出していました。

「RFC-14 クオリアの定義」は、5名によるクオリアの定義が簡素な文章で並べられていて読みやすいです。
まだ全部に目を通していないので、今後少しずつ読んでみるつもり。


ここまでいろいろとクオリアに関するものを読んできたのですが、クオリアという言葉は定義も用いられ方も定かではなく、按摩師的ボディーワーカー的にはまったく役に立たない単語だということがわかってきました。
「感触」というニュアンスに可能性を感じたのですが……。orz


そこで、ぼく自身、どんな現象を「クオリア」という言葉を使うことでハッキリさせられるのではないかと期待したのか(結局、クオリアは使えないとわかりましたが)、それを考えてみました。
あまり突き詰めて考えたことがなかったので、まずは単純なことから。

意識、思考、リアルな体性感覚

例えば歩いている時。


0906101


これが、出勤時だとして。


0906102_2


頭の中では「今日は、アレとコレを片付けなくっちゃ」と考えはじめ、「あ。そういえば、昨日見たお笑い番組の……」などと思考世界ドップリな時。
歩きながら感じているリアルな瞬間、瞬間の体性感覚、臨場感には無意識になっています。
リアルタイムでの時間感覚からも遊離していますから、時空を越えたバーチャルな思考世界の住人です。
もちろんバーチャルな思考世界でもクオリアは生じており、ものの感触や感覚、感情も「体験」しているということになります。

こんな時、前野氏の受動意識仮説は俄然説得力を持ちます。
トップダウン的な意識は存在せず、「想起」・「知」・「情」・「意」を司る無意識での自動分散的再帰的処理が進む中、特徴的なシナプス発火がボトムアップ的に拾い上げられ、思考という形で認識されているプロセス。
日常生活のほとんどはこのバーチャルな思考世界に没入しており、対人コミュニケーションもこのプロセスの延長線上で「反応」している訳ですから、前野氏が「意識を持つと錯覚している自由意志を持たない自動機械」と語るのも、感覚的にわかる気がします。


0906103


では、瞬間瞬間の体性感覚をリアルタイムで臨場感を持って味わいながら歩いている時はどうでしょうか。
体を包む風景や空気を全身で味わいつつ、頬をよぎる風、全身を包む衣服が肌をこする感覚、一歩一歩ごとに伝わる振動や足の裏の感触……。
このような体性感覚を味わっている時、先のバーチャルな思考プロセスは働いていない気がするのです。
もちろん、無意識化では膨大な記憶や自動分散的再帰的処理が行われているはずですが。
自己と世界が交流しているリアルな体性感覚をともなった、またはそれらを意識する「意識」が存在するように思います。

この思考中心状態と体性感覚中心状態では、身体の在り方がものすごく異なると感じているのですが、書きたかったことを見失いました。(^^ゞ
ていうか、画像加工が楽しくって。うはは


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心と体」カテゴリの記事

コメント

プル様

小生のブログをご紹介いただき、ありがとうございます。さっそく、こちら経由で何人かの方々にご来訪いただきました。m(_ _)m

今週末に津軽に行ってきます。例の土日ETC片道1000円の旅ですが、弘前城と岩木山でも眺めてくる予定です。

投稿: Bhavesh | 2009/06/12 07:40

お久しぶりです。(^^)

>弘前城と岩木山でも眺めてくる予定です。

津軽の霊峰岩木山、懐かしいです。
子どもの頃、神様がいるとされる岩木山の赤倉岳(だったかな?)に上ったのを思い出しました。
雪解けの春先、沢の上に雪がある時期しか上れない所でした。

上る途中、何もない山中にお寺の鐘のような「ゴ~ン、ゴ~ン」という音が響き渡り、大人の人が「神様が迎えてくださっている」(津軽弁で)と言っていたのを覚えています。

投稿: puru | 2009/06/12 17:00

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