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2009/05/06

日本的なマッサージがないのは何故?

タイトルに「マッサージ」と書きましたが、日本の治療院やサウナ等で見かけるマッサージのほとんどが手技的には按摩なので、厳密には「日本的な按摩がないのは何故?」というタイトルにした方がいいかも知れないです。
ちなみに、衣服の上から行うのが按摩、パウダーやオイルを使用して皮膚に直接働きかけるのがマッサージ、と思って間違いないです。

日本の鍼治療は、本場中国と違ってものすごく繊細な鍼を使います。
また日本のある流派では、鍼は刺さずに皮膚に接触させるだけで治療したりし。
日本の土壌で育まれると、同じ治療法でもこれだけ繊細なものになるんだと、感心したり納得したりします。

按摩から派生した日本オリジナルの指圧も、コリを揉みほぐすという「攻め」の発想がない、繊細で丁寧な治療法。

なのに。
何故按摩だけは、武骨な技術のまま受け継がれているんでしょう。
もちろん、本場中国の推拿や按摩の受け手の感覚を軽視したような結果重視、効率主義的粗暴さは減ってはいますが、それでもやはりコリを揉みほぐす的発想の「攻め」の技術ではあります。

江戸時代から日本の按摩はこうだったのでしょうか。
おそらく違う、いや、違っていてほしいと思っているのですが、江戸時代から続く吉田流按摩の特徴は線状揉みな訳であり。
今と大して変わらない可能性が高いです。

もっと繊細に、体に優しく問いかけるような按摩が主流にならないものでしょうか。
現状はマッサージに類する業種が増加して盲人の按摩さんたちも大変だと聞きますが、盲人の鋭敏な感覚を活かした日本的で繊細な按摩にしていけば、他のマッサージよりも格段に上質な手技になっていけるのに、と残念に思います。

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