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2009/05/13

体感としての想いや情動

昨日、久しぶりに友だちが遊びに来てくれて、宗教や精神世界、心理学等の話に華が咲いたのですが、中でも心理療法「フォーカシング」の話が懐かしく愉しかったです。

今もそうなのかはわかりませんが、以前日本で「カウンセリング」といえば来談者中心療法である「ロジャース派」が有名でした。
「フォーカシング」とは厳密には臨床心理学に位置づけられ、来談者中心療法の創始者カール・ロジャースの共同研究者ユージン・ジェンドリンが体系化した、想いや気分、情動などをリアルな体感として捉えるための技法です。
日本にはじめてフォーカシングを紹介したフォーカシング研究の第一人者は臨床心理学者の村瀬孝雄氏で、氏は森田療法や内観療法の研究者としても有名です。

思い返せば、鍼灸学校入学と同時に操体法の講習会に通いはじめ、さらにバイオエナジェティックスのワークショップに参加したり、心理療法や精神療法も学びはじめました。
バイオエナジェティックスとは、心理学者ウィルヘルム・ライヒの弟子アレキサンダー・ローエンが体系化した生体エネルギーを開放する技法です。
ローエンの師ウィルヘルム・ライヒはフロイトに破門され、晩年は獄中死するという将に異端の心理学者でしたが、その後今に至るまで生体や情動エネルギーに関わる精神療法全般に渡って、多大な影響を及ぼすことになる基本的な概念、理論、技法を創出した傑出した人だと思います。

ちなみに昔、操体法の創始者橋本敬三先生の治療室で、その書棚にウィルヘルム・ライヒ著「オルガスムの機能」を見つけた時は、「やはり」と思い、うれしくなった記憶があります。

当時、ぼくが参加したバイオエナジェティックス・ワークショップのリーダーは、デイビッド・ボアデラという方で、野口整体にも興味を持ち積極的に研究していたようでした。
その後氏はヨーロッパ・ボディサイコセラピー協会初代会長となり、それまでの研究をバイオシンセシスとして体系化したようです。

ライヒからローエンに受け継がれた生体エネルギー療法ですが、ベジトセラピー、ライヒアン、バイオエナジェティックス、パルセイションという名前で知られ、その他の技法にも影響を与えることになります。
ロルフィングやヘラーワーク、リバランシング、ブレスセラピー(ブリージング)等のボディーワークや、身体に蓄積ブロックされた情動エネルギーを開放するセラピーの理論的背景には、もちろんライヒの生体エネルギー理論があるでしょう。
ぼくのHPにある「チュアカ」も、ライヒの延長線上にある技法です。

OSHOコミューンでリバランシングのトレーニングを受けたり、1990年くらいまでは操体法や東洋医学と平行してボディーワークやセラピーの勉強をしていましたが、90年代からはブレスセラピー・ワークショップを自ら主催するようになりました。
ぼくが学んだ80年代のセラピーはいささか武骨で、情動エネルギーの開放、カタルシスに焦点があったように思います。
本来ならば、抑圧、蓄積された情動エネルギーは、再び受容され咀嚼、昇華されるべきだと思うのですが、情動エネルギーが喚起されるやいなや発散する方向に向かっていた感があります。
今から思えば、80年代という時代がそうだった、とも思います。

90年代、自らブレスセラピーを主催しながら、出来る限り情動エネルギーを咀嚼、昇華する方向性で運営してはいたのですが、どうしても参加者の意識はエネルギー体験や変成意識体験を捕まえてしまう傾向があり。
それは、リーダーの非力さ故なのですが……。
とはいえ、体験を重ねることで、徐々に咀嚼、昇華はなされていきました。

21世紀の今、80年代や90年代に行われていた手法は既に遠い昔のものだと思います。
同じ名前のまま行われているセラピーやボディーワークも、よりデリケートで洗練されたものになっていることでしょう。

そんな今、あらためて「フォーカシング」を思い出すと、現代にぴったりな技法なのではないかと思います。
ひとり静かに、未消化だった想いを、自分のペースとタイミングで、咀嚼し昇華出来る技法。

例えば、ピンと来ない想いや、胸の中に何だかもやもやする気分がわだかまっている時。
それを体感として感じてみる。
胸の中のもやもやはどんな質感、感触のものなのか、形や大きさは、色は……、などなど。
言葉にするとどんな言葉になるか、もやもやがしっくりと来るのか、それともギューッとしているのか、などなど。
自分がもやもやそのものになったとしたら、どんな体勢でどんなセリフを出すのか。

多くの場合、もやもやは不快な情動をともなっており。
反射的にその感覚を抑圧し、もやもやの原因や理由、正当性、取るべき行動などを素早く思考しはじめます。
反射的でオートマチックな、活き活きとした実感から硬直した思考へのシフト。

それを、もう一度実感的なものとして取り戻す。
ピンと来ないことや、もやもやとした想いのない、スッキリと腑に落ちる人生を送るための良いツールになるのではないか、そう思います。

フォーカシング ユージン T.ジェンドリン (著), 村山 正治 (翻訳)  福村出版 ¥ 3,780(税込)

マンガで学ぶフォーカシング入門―からだをとおして自分の気持ちに気づく方法 福盛 英明 (著), 森川 友子 (著), 村山 正治 誠信書房 ¥ 1,995 (税込)

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