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2008/04/09

養生書「寝ぬ夜の夢」を読む 1

昔買った古書の中に、昭和十三年発行「療養聖典」伊藤康善/編 自然良能社/刊 という本があります。
療養に役立つ数々の古典の抄出からなる編纂本ですが、時々読み返しているお気に入りの一冊。
いつも拾い読みするのですが、今回は今まで気づかなかった編で、なおかつ共感するものがあったので、転載しつつ読んでみることにします。


柳井三碩著「寝ぬ夜の夢」抄出

(※編者注)
柳井三碩は徳永末期の醫師なれども傳記は詳かならず。
本文は東海道旅行記に寄せて養生を論じたるものなれど、殊に益軒の「養生訓」の意味を強化せる點が面白しと思ひ茲に抄出せり。

正徳の年ごろ貝原篤信翁といへる人、「養生訓」を著はして今世に流布す。
されど其をしへて守る人は甚だ稀なり。
また能くその言ふ所を守り明け暮れ養ひ拘(かか)れる人、却って多くは多病をまぬがれず。
これ如何。

翁曰く、養生訓の術(すべ)に拘(かか)はれる人は枉(まげ)て是をなす者は氣屈してのびず、多病なるもうべなり。
これ道に遊ぶことを知らずして徒に術(じゅつ)に依って長生せんと思ふなり。
毫厘の差(たが)ひ謬(あやま)りて千里を以てするものか。

(評註)
古人が益軒の養生訓を座右の銘とせるはまだ良し。
養生訓は衛生醫學を論じ忍耐節制の道徳を教へたる好著なれば也。
現代人に至っては新聞雑誌の療病知識を借りて病に對して狼狽すること笑止に過ぎたり。
素人には役にも立たぬ醫書抜きて、あれこれと自己診断に惑ひ、足を空に浮かせて藥局の店頭に走る。
野菜スープに過ぎざる漢藥か、モヒの毒藥を盛る洋藥か、好む所に随って右往左還し、醫者の門を叩く時は既に病は九分通り快癒せる時か、然らずんば命旦夕に迫る時なり。
早死する時は自己の天命を思はずして却って醫藥を恨むなり。
古人既に「養生訓」にすら捉はる。
今人醫藥に捉はるる愚を笑ふべからずと雖も、主客轉倒せる療養知識も亦憐むべし。


柳井三碧を検索してみると、この「寝ぬ夜の夢(ねぬよのゆめ)」の情報しかありませんでした。
1802(享和二)年に出ています。

貝原益軒著「養生訓」もそうですが、ぼくの好きな「和漢三才図絵」も「寝ぬ夜の夢」の90年前の1712年。
「導引口訣鈔」もほぼ90年前の1713年。
図解入り按摩ハウツー本「按摩手引」が同じ頃の1801年です。
この数年後に、日本独自の骨接ぎ(整骨)本が出版されはじめます。
そんな時代ですね。




正徳年間に貝原篤信翁という人が「養生訓」を書き、今世間で広く読まれている。
しかしその教えを守り行っている人はほとんどいない。
というか、その教えを朝な夕なにかけてこだわって養生している人は、逆にその多くが多病を患っている。
これは何故だろう。

翁は言う。
養生訓に書いてある方法にこだわる人、無理をして行っている人は気が鬱屈してのびのびせず、多病になるのも当たり前だ。
人生をのびのび生き生きと愉しむことも知らず、あざとくも養生ハウツーに頼って長生きしようと望んでいるのだから。
ほんのささいな思い違いが、取り返しもつかないほどの大きな違いになるというのに。


こんな感じでしょうか。

『氣屈してのびず、多病なるもうべなり。』
感覚的に、病(やまい)=こだわり=気が鬱屈、と思っているのですが、サクッと語ってくれていますね。

『道に遊ぶことを知らずして徒に術に依って長生せんと思ふなり』
「道に遊ぶ」はごくシンプルに、人生をのびやかに愉しむ、でよいと思います。
「術によって」は、理論や方法論、ハウツーみたいな、生(なま)の感覚や感性とは対極にあるもの。
「道に遊ぶ」は生の感覚や感性から為されるものですからね。

シンプルで深い文章です。(^^)

ちなみに、編者の評註も、現代でもそのまま当てはまる痛快な文章です。

(つづく)

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