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2006/04/16

武術書に見る「病を去ること」1

「兵法家伝書」柳生但馬守宗矩 寛永九年(1632)より
(読みやすくするために、ひらがなを漢字に、また漢字をひらがなに代えた箇所あり)

勝たんと一筋に思ふも病なり。
兵法使はむと一筋に思ふも病なり。
習ひのたけを出さんと一筋に思ふも病、掛からんと一筋に思ふも病なり。
待たんとばかり思ふも病なり。
病を去らんと一筋に、思ひ固まりたるも病なり。
何事も心の一筋に、留どまりたるを病とするなり。
この様々の病、みな心にあるなれば、これらの病を去って心を調うる事なり。

「何事も心の一筋に、留どまりたるを病とするなり。」
こだわり、執着、思い込みを病だとし、これらの病、滞りを去ることが心を調え、融通無碍な働きをする為の基礎だと言っているようです。
これらの心の滞りは言葉にすると単純ですが、その実は奥深い根が縦横に張り巡らされていて、去ることは容易ではありません。
何しろ、心の病や滞りから去るには、自分の中にどのような病や滞りがあるのか実感として知らなくていけないのですから。

関係なさそうですが、以下は季節に応じた過ごし方を述べた、東洋医学の古典「素問」四気調神大論篇です。
個人的にとても気に入っている篇です。


春三月, 此謂發陳, 天地倶生, 萬物以榮, 夜臥早起, 廣歩於庭, 被髮緩形, 以使志生, 生而勿殺, 予而勿奪, 賞而勿罰, 此春氣之應養生之道也. 逆之則傷肝, 夏為寒變, 奉長者少.

春の三ヶ月間を発陳といいます。
(発陳:古いものから新たな生命が芽生える様)
天地が新たに生じ、万物が栄える時です。
夜は暗くなると共に寝、朝は早めに起きましょう。
庭をくつろいで歩き、髪をきつく結んだりはせず、衣服もゆったりとしたものを着たいものです。
心の内から自然に意欲が生じる時です。
諦めたり抑圧したり無視せずに、暖かく見守り育むようにしましょう。
これが春気に応じて生を育む道です。
これに逆らえば肝を傷付け、夏には冷えを招き夏気の恩恵を受け難くなってしまいます。


夏三月, 此謂蕃秀, 天地氣交, 萬物華實, 夜臥早起, 無厭於日, 使志無怒, 使華英成秀, 使氣得泄, 若所愛在外, 此夏氣之應養長之道也. 逆之則傷心, 秋為痎瘧, 奉收者少, 冬至重病.

夏の三ヶ月を蕃秀といいます。
(蕃秀:春に生じた陽気が溢れるように成長する様)
天地の気が交わり、万物は華開き充実する時です。
夜は暗くなると共に寝、朝は日の光を嫌わず日の出と共に起きましょう。
気持ちは伸び伸びと拡がるように開放的になっています。
華開くような気持ちや想いを押さえ込むと、その蓄積は爆発するような圧力(怒りなど)を生じさせてしまいます。
涼やかに発散的開放的に過ごしましょう。
もし外界に向かって気持ちが開かれ心惹かれるようであれば、これが夏気に応じた成長を育む道です。
これに逆らえば心(臓)が傷付き、秋に痎瘧(マラリアの一種)となったりエネルギーが収養するのを妨げることとなり、冬に至って病気が重くなります。


秋三月, 此謂容平, 天氣以急, 地氣以明, 早臥早起, 與鶏倶興, 使志安寧, 以緩秋刑, 收斂神氣, 使秋氣平, 無外其志, 使肺氣清, 此秋氣之應養收之道也, 逆之則傷肺, 冬為喰泄, 奉藏者少.

秋の三ヶ月を容平といいます。
(容平:おだやかにおさめる様)
天の気は勢い強く、地の気は清らかに鮮明です。
日暮れと共に寝、朝は日の出のニワトリの声と共に起きましょう。
秋の収斂するエネルギーは、頑固さやこだわり、後悔や反省する気持ちを促す傾向もあります。
紅葉を眺めながら澄んだ空気を味わうように、引き締まる気持ちや収斂する秋気を味わいながら過ごしましょう。
外界の変化に過度に囚われないようにし、肺の気が清らかであるように過ごせれば、これが秋気に応じた養収の道です。
これに逆らえば肺が傷付き、冬に食物の陽気が漏れて下痢をしたり、内に陽気を保つことが難しくなります。


冬三月, 此謂閉藏, 水冰地斥, 無擾乎陽, 早臥晩起, 必待日光, 使志若伏若匿, 若有私意, 若已有得, 去寒就温, 無泄皮膚使氣亟奪, 此冬氣之應養藏之道也. 逆之則傷腎, 春為痿厥, 奉生者少.

冬の三ヶ月を閉蔵といいます。
(閉蔵:陽気を伏蔵している様)
水は凍り大地は凍裂し、万物はみなその門を閉ざし陽気を内側深く胎養しています。
胎養している陽気を煩わせることがないよう、夜は早くから布団に入り朝はゆったりと遅めに起き、出来るだけ日光と共に生活するようにしましょう。
あたかも秘めたものを隠すような静かな気持ちで想いを温め、既にすべて達成したかのような満ち足りた心持ちで過ごしましょう。
汗をかいて皮膚から陽気が奪われないようにし、温かく過ごせば、これが冬気に応じた閉蔵の道です。
これに逆らえば腎が傷付き、春になって手足が効かなくなったり重ダルくなったり、陽気を生じ難くなります。


上記「四気調神大論篇」は四季に応じた過ごし方を記した、いわゆる養生法ですが、その記されている内容の多くが心の在り方だということに気づくはずです。
四季の移ろいはそのまま一日の朝昼夕夜に対応し、それは瞬間瞬間にも対応します。
この世の万物は常に移ろい、そのエネルギー状態も常に変化し続けています。
上に置いた絵は、それぞれの季のエネルギー状態を表していますが、ぼくたち人間の瞬間瞬間のエネルギー状態をも表します。
それは、体の感覚や気持ちや想いにも対応し、必ずしも四季のように順番に移行するとは限りません。
ですが、同じ状態に固定することは絶対にありません。
昼があれば、必然的にいつかは夜が来ます。


多くの人は、常に春や夏の状態でいることを望むようです。
いつも元気で明るく活動的、外向的。
たとえそんな状態ではない時でもそのように振る舞おうとし、いつの間にかそれが無意識のパターンとなっていたりします。

「何事も心の一筋に、留どまりたるを病とするなり。」

このような状態は、ひとつの病です。
心の一筋に留まることが無意識のパターンとなってしまうと、瞬間瞬間の自分の感覚が感じ取れなくなります。

「四気調神大論篇」の四つのエネルギー状態は、今自分の体はどのような状態なのか、自分の心はどのような状態なのかを理解する、ひとつの指針になると思っています。

武術書に見る「病を去ること」1~4

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